死に至る病「童貞」

 毎回毎回童貞について書いてきてよく書く事あるなと自分でも思います。でももう限界に来ました。本当にもう惨めで耐えられません。一瞬一瞬泣きたい気持ちです。

 一昨日からティンダーを始めました。出会い系でセックスするのは気が引けますが、別にティンダーをやる即出会い系でセックスするわけじゃないしと思い、始めました。正直この時点で僕には「23年間彼女いない歴年齢の童貞をやってきたけども、僕は一流大学卒で一流企業勤務、こっちからいけばどうにかなるはず」という気持ちがありました。初日はVRゴーグルをして自撮りしている写真をプロフィール画面に設定して、お遊びみたいな気持ちでやっていたのですが、昨日、やるなら全力でやろうと思い立ち、プロフィール写真もある程度写りのいい写真にして自己紹介でも一流大学卒一流企業勤務を反映するような形にしてそこそこ真面目なことを書きました。さらに1200円課金もして無限に女性をライクできるようにしました。それ以降かなりの時間を女性をlikeすることに費やしました。多分人数にして2000人から3000人あるいはそれ以上の女性にlikeしたのではないかと思います。その上で現在の僕のマッチの数は4です。ティンダーをやっている友人と比較するとこの値は圧倒的に低いです。やっぱり顔なんだと痛感しました。一流大学卒で一流企業勤務でも僕は1000分の1の確率でしかlikeされないんだという現実に絶望しました。まず僕が普通に女性と交際をしようとしたら1000人の女性となんらかの関係性を持つ必要があるってことですよね。途方もない数字です。僕は一生結婚できないんだろうなと思い本当に苦しくなりました。頑張っていい大学に入って一生懸命働いて、空いた時間にアマゾンプライムを見るだけの生活を今後死ぬまで送り続けることを想像すると、何のための人生なのか本当にわからなくなります。本当に苦しいです。

 僕が苦しいのは僕がマッチしないからだけではないです。みんながマッチしているのに僕だけマッチしないからというのもあります。さらに、あまりに多くの女性がティンダーをやっていることにも絶望しています。今後僕が年をとって結婚を考え始めた女性たちから一流大学卒の一流企業勤務という極めて表面的な条件だけで結婚までこぎつけるというような事態になったとしても、その人はティンダーでよく分かんない人とセックスしてた人なんですよね。僕にはlikeもしなかったくせに。本当に考えるだけで悲しい気持ちになります。

 よくわからない文章になってしまいましたが、ようは今まで僕が抱いていた、「一流大学卒一流企業勤務の僕はモテる振る舞いをすればモテうる」という、一縷の望みをティンダーによって完全に否定されたということです。僕はみんなが楽しく過ごしている中で一生女性に虫けらのように扱われ悲しく生きていくほかないんだとはっきりと感じました。

 

ティンダー以外にも僕が落ち込んでいる原因があります。先日会社の同期での飲み会がありました。

仲がいい人たちとの飲み会だったのですが、参加していた女性は先日のブログでも書いた「僕とは絶対に結婚をしたくない」と宣った女性たちです。話の流れで、僕が女性に自分のどんな部分を評価されたいのかという話になり僕は面白いという部分を評価されたいと話しました。すると彼女らは「私は〇〇くんのこと凄い面白いと思うよ」と口々に言ってきました。一瞬嬉しかったのですが、いや一流大学卒の一流企業勤務で面白い人と絶対に結婚したくないのなんでだよ死ねやと思いました。まぁそこで思ったのは僕の面白さって多分なんというか異性として惹かれるタイプの面白さじゃないだろうなということです。多分世の中にはモテる面白さとモテない面白さがあって僕は自分で言うのもなんですが相当面白くてでもそれはモテない面白さであって僕が今後どんだけ面白くなろうともモテることはないんだろうなと思いました。

今まで僕は面白くあるということを第一に考えて生きてきた節があるので、その面白さがモテにつながらない以上、もう僕の対女性関係における取り柄というのは本当に外形的なスペックだけだなと。そしてその外形的なスペックも大して役に立たないことがティンダーで証明されてしまったと。そういうわけなんですね。

勉強ができてもなにもいいことなんかないですね。本当にイケメンに生まれたかった。

童貞、ホテヘルにイク

 安直なタイトルで大変恐縮だが、23歳女性との交際経験なし童貞(風俗経験もなし)がホテヘルに行った記録を残しておきたいと思います。非常に簡潔に言うとホテヘルですごく可愛い女の子にベロチュー、乳首舐め、手コキ、フェラなどをしてもらいまんこも触らせてもらいました。女の子に触れるという行為の精神的な高揚や充足はありましたが、陰茎を刺激するという点ではいささか満足のいくものではなく、最後は自分でしごいて行きました。僕が小学5年生で始めてオナニーをして以来、十数年夢に見ていた女性との性行為はその間に高められ過ぎてしまったハードルを越えることはなく、自分でしごかなければまったく行ける気配すらなかったです。ベロチューも思っていたものとは違い、なんだかなぁという感じでした。まんこは暖かかった。ただ今は猛烈にソープに行きたいです。ソープの3時間コースに行きた。僕が夢にまで見た女性との性行為がこんなものであるはずがない、高級ソープの3時間コースに行けば天にも昇る想いができるはずだとそう思うのです。だからソープに行きたい。ちなみに帰宅した僕はホテヘルでの出来事を思い出しながら既に3回オナニーしました。体験としては楽しかったです。僕は貯金がいっぱいあるので風俗にはまって大量に浪費してしまわないかが心配です。

 

女の子からLINEが来る話

 相変わらず彼女もいない童貞なわけだが、もはや童貞か否かに囚われていることが非常に低次元のことであるように思えてきたので最近はあまり考えない。調子が悪いと考えてしまうが。

 2週間前くらい前に、以前LINEしててその後だいぶ途絶えていた女の子からまたLINEが来た。だいぶ前にLINEしてた時はもはや好きといっても過言ではないというか好きじゃないと言ったら過言くらいの好意を抱いてはいた。とはいえそれが一番セックスできそう(あくまで僕基準)だからという理由からの好意なのか本質的な人間としての彼女への好意なのか判然としておらず、これを見ている諸先輩いらっしゃればぜひそういった部分での助言を頂きたい。話がそれた。そんな感じで他愛もないLINEをしており僕が一方的に好意を寄せていた彼女だが、1月にあった研修でこの子から「(僕とは)絶対に付き合うとかない」と言われており、僕はそこで深く傷つくと同時にクソムカついたので二度とこいつになんらかの対女性としての好意を抱くまいと誓った。はずだったのだが、やはり女性との交際経験がない僕には、LINEを数ヶ月に渡りちまちましていたような女の子のことを忘れられようはずもなく、日々悶々と過ごしていた。そう悶々とする中で「よし次LINEがきたら僕はこの思いの丈をなんらかの行動に移すんだ!」とそう決心した。すると2週間前にLINEがまた来て他愛もない話をしていていまに至る。

 ここで僕が問題としたいのは2点ある。まず、僕がなんらかの行動を起こすと決心したにもかかわらず何も行動に移せていないことだ。この問題の僕の考える大きな原因として、そもそも彼女はかなり遠い地方にいるのでどのような行動を起こしていいのかわからないというのがある。そもそも起こすべきなのかというのも分からない。そして次に問題なのは僕はこのLINEでクソつまらない会話をしているということだ。そもそもLINEに返信すると翌日に帰ってくるかもっと時間が空く。もしかしてこれって迷惑がられているのかなとも思う。そういうそもそものLINEの問題。

 毎回こういうLINEのやりとりは適当なところで終わり、再開するのは彼女ということで、ぶっちゃけ僕は彼女もある程度僕に気があるのではないかと思っている。え、もしかして全然違いますかね?ついでに言っておくと彼女は以前飲み会で「中学校の時に好きだった先輩が好きすぎてそれ以降その人と比べちゃうと~」みたいなことをほざいておりもしかすると彼女も交際経験がないのではないかと勝手に思っている。もちろん僕の妄想だが。

 正直もう結婚を意識して交際する年齢であるように思う。童貞だなんだがお笑い話で済んだのは過去の話になってきており、今後も童貞でいること、女性との交際ができないことが人生の大きな問題として眼前に迫っているということを最近実感する。まとも女性との交際をしてまともな年齢で結婚しようと思ったら僕がこの先交際できるのはたった今から頑張って一人や二人、多くて三人といったところだと思う。果たしてその中に結婚して30年40年僕のそばにいられる女性がいるとは到底思えない。このことを意識すると生きていることそのものに緊張する。

 もはや僕の冒険は始まったばかりではない。冒険はまだまだ続くなどという根拠ない楽観的な文言で未来に押し付けるような真似はできないところまできているとひしひしと感じている。感じていながら今日もプロ野球スピリッツをやり、テレビと映画を見て、本を読んで一日を終えた。明日会社行きたくない。以上。

すべてはモテるためである

Amazon CAPTCHA

野蒜これ読んだ方がいいと思うんだよね

就職して一年

 就職して一年が経った。まるで成長していない。もっとインプットすべきだったと思う。最近の風潮としてインプットを馬鹿にしてアウトプットに重点を置くというのがあるように思うけれど、そんなものはインプットができないバカの負け惜しみでインプットしたものを元に結果を出せる人間が一番すごいに決まってる。

 インプットの手法として、読書というのがあると思う。読書とひとえにいってもエンタメ小説から純文学、新書、専門書など様々な本があってそれぞれで趣が違う。僕が本を読んで成し遂げたいこととして、人間としての格を上げることと新しい情報を得ること、素晴らしい文章の作法を学ぶことの三つがある。まず一点目に関してはこれは要は、三島由紀夫を読んでる人間と読んでない人間、村上龍を読んでる人間と読んでない人間、羽田圭介を読んでる人間と読んでない人間どちらが格好いいかという話である。読んでる人間の方が格好良いに決まってる。そして東野圭吾石田衣良伊坂幸太郎を読んでる奴は格好悪い。「教室内カースト」「パリピ経済学」を読んでる奴はかっこわるい。「日本会議の研究」を読んでる奴はかっこいい。まぁいろいろこういう基準があってその格好良い側の本を読みたいということである。これは問題ない。問題なのは、新しい情報を得ることと素晴らしい文章の作法を学ぶことの両立の難しさである。前者は新書を読むことで、後者は純文学を読むことで成しうると思っているのだが、新書の大半はバカが書いているし、頭のいい人が書いていてもバカに向けて書かれているので素晴らしい文章とは程遠く、純文学に情報性を求めるのは酷である。そうすると純文学と新書の両方を読む必要が出てきて面倒くさい。なにか大きな話に展開すると見せかけて、これだけの話である。

 余談ではあるが、僕の文章は小学生の時に読んだ週刊誌の町田康の連載の文章に多分に影響を受けている。詳細は全く覚えていないが、当時あれを読んだ僕は面白い文章とはまさにこれだと思い、町田康の著作を母親にねだって買ってもらいすべての著作を読破したということもなく、まさにこれだと思うにとどまっていた。最近このことをふと思いだし、町田康の小説を買って読もうと思ったが、読み始めて3ページくらいで理解できなくなって読むのをやめた。

 この内容が就職して一年という節目の日記に相応しいとは到底思えないが、ぐだぐだと自堕落な生活を送ってきた人間が社会人一年目の節目に書けることはこれくらいしかないということである。職場に来る後輩は全員カスみたいに劣ったやつでありますように。。。

せこい童貞なんだ僕は…

 仕事の方は研修で違う部署に出向中でとても暇。暇過ぎて出社するのが嫌になるくらい暇。ということで今回は標題のせこい童貞の話をしたい。と、その前に映画の話をしたい。

 

 オーバーフェンス、これはぜひ劇場で見て欲しい。ヤリマンメンヘラキャバ嬢とバツイチ無職のラブストーリーを軸に弱者の惨めな日常とそこにある希望みたいなものを感じさせる作品とでも言っておこうか。そういう人間賛歌的なものが心に染み入るという話はおいておいて、僕がヤリマンメンヘラキャバ嬢とバツイチ無職のラブスーリーに異様に興奮してしまった話をしたい。僕は23歳女性との交際経験のない童貞・ブサイク・コミュ障なわけだが、例えばそんな僕を上品で可愛いみんなの人気者の女の子が好きになってくれるだろうか。そんなはずはない。じゃあ上品だけど可愛くはないみんなの人気者の女の子はどうだろうか。これも厳しい。じゃあ下品で可愛くないけどみんなの人気者の女の子はどうか。これは厳しくはないけど安牌ではない。しかし、下品で可愛くなく誰からも好かれない女の子は、23歳女性との交際経験のない童貞・ブサイク・コミュ障でも好きになると思う。だって格が同じだから。つまり、僕はヤリマンメンヘラキャバ嬢みたいな女の子だったら、僕のような女性との(以下略)でも好きになってくれると思うわけである。そして僕としては、女性との(以下略)とバツイチ無職は同格だと思うわけである。つまりオーバーフェンスはヤリマンメンヘラキャバ嬢と僕とのラブストーリーでもあるわけである(完)

 

 まぁ要するにせこい童貞というのは、格が低い女の子に対して「こいつなら僕のこと好きになってくれそうだな。なぜなら格が低いから。」という思考の元欲情してしまうゴミクズのことである。僕はゴミクズであることを自覚しつつもそうした己を克服したいとも明確に考えているので、対外的に能年玲奈と結婚したいと宣言することで弱い自分を律しているのである。

 

 

今日一番良かったこと:ローションのオナニーがめちゃくちゃ気持ちよかった

今日一番嫌だったこと:土曜日なのに朝4:30に起きて出社したら会社最寄駅の繁華街に朝帰りの奴らがわんさかいたこと

職場の話

 仕事は楽しくない上にキツい。業務を行う上での様々精神的負担が特に応える。締切までに仕上げるというのもキツい。これが延々と続くのかと思うと気が遠くなる。それでも仕事を辞めようとは思わないし、今後にも希望を抱いている。もちろん僕はこの会社を辞めても今の会社以上のところに就職できる気がしないというのも理由の一つだが、それよりはこうなりたいと思える先輩が居るというのが大きい気がする。

 

 今日その尊敬する先輩Aと話していたらうつ病で休職していた先輩Bの話になった。その先輩Bは休職明けということもあってか単純な業務をしていて、結構暇なようで新人である僕や同期を食事に誘ってくれる。正直単純業務ばかりしている先輩Bをバカにしていたのだが、この間ご飯に行った時に元々は今の仕事場の人と比べても圧倒的にバリバリ仕事しまくるタイプだったと思うけどうつ病になって以来考え方が変わったんだという話をされて、はえ~凄い人だったんだなと思い直した。ところが先輩Aに言わせると先輩Bはマジで何もできない無能であり話を聞く必要などないとのことだった。先輩Bの話とは全く違う。僕はもとより先輩Aが大好きであり先輩Bをバカにしていたので、すぐに心変わりして先輩Bはカスなんだなと思い直した。とはいえいくらなんでも仕事できないカスな人が自分を評して仕事バリバリするなんていうわけがないと思い、社内イントラで今まで先輩Bが関わった仕事を見たのだが、先輩Aが7年目なのに対して先輩Bは12年目とは思えない小さな仕事ばかりで唖然とした。どういう経緯で仕事ができない人が後輩に対して仕事できるヅラをするのだろうか。こういった話は知らない人のあり得なかった話として聞くことはあっても、実際に自分の身の回りで起きるとは思いもしなかった。

 

 今の段階では僕が先輩Bにならないとは限らない。そう考えると本当に嫌な気持ちになるしさっさとそうでないことを確定させたい。とりあえず目の前の仕事に対して真面目に取り組んで行きたい。